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第二次長州征伐。自らの藩を守るため、日本を変えるためという高い志を持ちながら戦う長州軍に対し、目的意識の薄い幕府軍との戦いは、結果が歴然としていました。
高杉晋作率いる奇兵隊の奇襲作戦も功を奏し、長州軍が勝利をおさめ、龍馬率いる亀山社中も、馬関の戦いに参戦し、長州軍勝利に貢献。

 また、龍馬は戦をせずして政を朝廷に返還することを「大政奉還」と呼ぶことを初めて知りました。
これから、大政奉還に向けた龍馬のラストスパートが始まります。

【龍馬は、ユニオン号に乗ってどの程度戦ったのか?】
 今回のドラマの馬関での幕府軍との戦いでは、龍馬はユニオン号に乗船し、自ら参戦していました。
戦術を指示する指揮官として、非常にかっこよく仕事をこなしていました。
ただ、龍馬らは、小倉藩に向かって大砲を少し放っただけのようにも見えました。もっと、活躍したはず・・・。史実を調べてみましょう。

龍馬ら土佐の志士の武勇伝を記した「土佐維新勤王史」では、馬関戦争での龍馬の参画ぶりを次のように記しています。

この日坂本は、阿弥陀寺民家の屋上に登り、対岸の戦況を眺望す。敵の砲台たちまち撃破せされ、田の浦沿岸の大小船舶三百余隻を焼き、紅紹天にみなぎりて海波に映じ、すこぶる壮観を極む。

な、なんと。龍馬は、小高い丘の上の民家の屋根に上り、戦闘を見学していたと記されています。

また、慶応2年(1866)12月4日付、兄権平他宛の書簡では、地図を用いてとても客観的に戦況を記しているものの、自らがとった戦闘行動などは全くと言ってよいほど記されていないのです。
また、同じく慶応2年7月4日付、木戸孝允宛の書簡では、「また次も、野次馬をさせてくれ。」と発言しています。

御別後、お郡まで参り候所、下の関ハ又戦争と弟思ふに、どうぞ又ヤジ馬はさしてく礼まいかと、早々道お急ぎ度、御さしそへの人ニ相談仕候所、随分よろしかるべしとて夜おかけて道お急ぎ申(後略)

 先頭に立って戦う龍馬もかっこ良いかもしれませんが、屋根の上から、亀山社中の部下たちが活躍する姿を頼もしげに見る龍馬もかっこ良いと思いませんか。




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